熊野古道 大門坂 くまのこどう  2008/09/01  和歌山県東牟婁郡那智勝浦町  那智駅より大門坂へ、熊野古道を歩く。三本足のカラス。八咫烏(やたがらす)。熊野権の神の使いの鳥。

川関の道標地蔵。

左に那智川が流れている。

石仏。

那智川。

県道から曼荼羅の道(熊野古道)へ。



曼荼羅の道



尼将軍供養塔  尼将軍とは、源頼朝の妻、北條政子のこと。政子は、源頼朝没後、尼となり、子、頼家、実朝の後見として政治に関わる。子たちは北條氏の策により次々と暗殺にされた。その苦しみから、熊野三山詣でをした。子の供養のため供養塔を建てた。<説明版より>



ふだらく霊園  名前は補陀落浄土(ふだらくじょうど)の「ふだらく」の意味。北条政子に仕え、尼将軍の廟所を代々守った人の墓がある。熊野の霊地が世界遺産に登録されたことを機に、旧墓所から墓をうつした。(説明板より)

ふだらく霊園より熊野那智大社の方をみる。

荷坂の五地蔵 地蔵は、一の谷の合戦で亡くなった、平敦盛を供養する。(説明版より)

小さな 千代野薬師

千代野薬師まえの長閑な景観

市野々王子  1109年、熊野に参詣した藤原宗忠。浜の宮王子の後、那智鳥居政所を経て、「一野王子社」に奉幣している。1210年、後鳥羽上皇の後宮・修明門院に随行した藤原頼資。「一乃野」王子に参拝している。若女一王子社とも呼ばれる。(説明板より)

庚申さん

お杉社(おすぎやしろ) 天照大神と御子の忍穂耳尊(おしほみのみこと)(瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)の父)と葺不合尊(ふきあえずのみこと)(神武天皇の父)の三神が祀られていた。境内には天照大神がお姿を現されたという影向石がある。(説明版より)

宝泉寺 

大門坂入口。那智駅から大門坂入口まで、約2時間歩いた。

関所跡

大門坂茶屋

大門坂は那智山麓から熊野那智大社への旧参道。石畳敷の石段は、267段・距離約600m。両側の杉並木は、132本。他に老楠が並ぶ。途中、熊野九十九王子最終の多富気王子跡がある。夫婦杉(めおとすぎ)  幹周り8.5m余 樹高55m余、樹齢600年程と推定(掲示板より)

多富気王子跡  熊野参詣中辺路にある最後の王子社。樹や峠の神仏に「手向け」をした場所。それが王子と呼ばれる。かつては社殿があった。明治時代に熊野那智大社の境内に移された。(説明版より)



唐斗石

十一文関所跡 大門坂 (終点)goal