普賢院 ふげんいん  2008/09/04  和歌山県伊都郡高野町高野山605  別格本山 1130年頃、力葉上人により、院が開かれた。 本尊 普賢菩薩 普賢院は学侶の寺院だった。1143年、本堂が創建。1149年、焼失。五智房融源が再建。天正年間(1573〜1592)、尼子の遺臣である山中鹿之助幸盛が普賢院に潜居。1670年火災により、古文書や仏具などが焼失。1888年、本堂焼失。廃仏毀釈の時代、高野山東照宮の拝殿と裏門(現在の四脚門)が移築される。松尾芭蕉は高野山を3度訪れた。
1度目、主君の遺髪を菩提寺の報恩院に納め冥福を祈るため。その後、報恩院は普賢院と合併。2度目、主君の喪に世の無常を感じ、西行法師に憧れ出離の念を抱いて登山。
3度目、芭蕉45才のとき杜国(弟子)を連れた旅。普賢院は松尾芭蕉と縁が深い。戦後、伽藍の三昧堂を模した芭蕉堂を建立、芭蕉像をまつる。1997年、ネパールより仏舎利が請来、仏舎利殿を建立。





八角堂摩尼殿(まにでん) 仏舎利殿